最新のCellに以下のCommentary articleが掲載されている。
Problem choice and decision trees in science and engineering (Fischbach, 2024, Cell)
これはコンピューターサイエンスを除くSTEM分野の大学院生やポスドクに対して、どのようにプロジェクトの設定をするか、と指南する文章である。こういったものでは、過去に有名なものにAlon, 2009, Mol Cellがある。
まず彼が指摘するのは、大学院生やポスドクがプロジェクトを設定する際にかける時間とそれを実行するのにかかる時間のアンバランスである。通常数週間の思考でプロジェクトを設定し、それを完結させるには数ヶ月から数年単位の時間が必要となる。プロジェクトの設定の良し悪しが実行可能性や結果のインパクトにつながることを鑑みると、プロジェクト設定により長い時間をかけるように促している。最初のアイディアに飛びつくことは愚かであり、数々のアイデアを餌に向かってじりじりと進行するヒルの群れのようなものとして扱うよう書いてある。
生命科学のプロジェクトは次のように簡潔に考えることができるという。システムを擾乱する–>それを測定する–>そこから得られたデータを解析する。新しいアイデアはこのどれかに貢献するもので、ほとんどのケースでは技術の創出や新しい論理の創造を伴う。つまり、自分のアイデアがあった時に、それがどういったカテゴリーの中に含まれるのか考えてみることは有用であろう。
新しいアイデアを考える時に有用なのは、それを二つの軸から考えてみることである。一つはそれの実現可能性、もう一つは実現できたときのインパクトである。一つ目については、”assumption analysis”というタスクをやってみるように促している。それはプロジェクトの初めから終わりまで(つまり論文一本)を思考してみて、それが提示する結果を想像し、そのそれぞれに成功可能性とそれにかかると思われる時間を記入してみるのだ。詳細な例が論文に載っているので確認してみると面白い。例えばとあるポピュレーションの細胞を組織から分離してscRNA-seqのデータを得るのは、1-5の難易度(1が最低、5が最高)のなか難易度2で12ヶ月ほどが割り当てられている。一方、その後に新しい細胞種を見つけその特異的な遺伝子を破壊して生物学的に意味のあるフェノタイプを得るというのには難易度5で30ヶ月ほどが割り当てられている。これをやってみてプロジェクトがあまりにリスキーと感じる場合は、プロジェクトの扱い方を変更することも良い。例えば、「ある組織から新しい細胞種をscRNA-seqで発見して遺伝学的にバリデーションする」というのがあまりにリスキーならば、「ある組織にある細胞(既知のものでも良い)をscRNA-seqでより詳細に調べる」、というようなより包括的な設定にすることができる。またプロジェクトのリスクヘッジとしては、多種類のサンプルを並行して解析してみるなどが挙げられる。重要な点は、go/no-go(進むか降りるか)を決められるような実験をなるべく早く行うようにすることである。リスクのないプロジェクトはインパクトに欠ける傾向があるので、ここではリスクを見つめ、それをどう扱うかが議論される。
基礎科学のインパクトを考える上で、二つの基準を考えてみることが推奨される。一つは、そのプロジェクトの結果からどれだけ学べた(対象に対する理解が深まった)か、もう一つは、それがどれほど一般化できるか、である。このどちらかで高いスコアがでれば、そのプロジェクトは高いインパクトを持つと考えられる。
アイデアを考える上で、彼が推奨するのはパラメーターを一つだけ固定することである。彼が言うには、パラメータを複数固定してしまうミスが多い。例えば、ある代謝物をある細胞種を改変することで体内に供給する、という方法を考えるプロジェクトに関して言えば、ここでは二つのパラメータが固定されている。代謝物と細胞種である。それを一つにして、もう一つは自由に、可能な方法を試すのが良い。つまり代謝物を固定して、他の細胞種も試してみるなどである。どのパラメータを固定するかは興味やラボの強みによって考えてみると良い。何のパラメーターも固定していないプロジェクトでは自由度が高すぎるため、プロジェクトは進行しづらい。
一度プロジェクトが決まっても、数年間の単位で仕事をするとオリジナルなプラン通りにいくことはまずあり得ない。頻繁に、実験の実行とプランの評価を行ったり来たりする必要があり、もしも進めなくなってしまったらトラブルシュートだけに時間をかけるのではなく、ドラスティックな変化を入れることが必要かもしれないと言う。また実験の実行とプランの評価は同時進行することは不可能で、どちらにしても高いエネルギーを要するので、それぞれにまとまって集中した時間をとることとアドバイスがある。また、良い研究者は頻繁にこの二つを行き来するという。
どのプロジェクトも存続が危ぶまれたり劇的な変更は避けられない。そのような困難を想定し、そこから何かを学びとろうとする姿勢が不可欠である。特に次の二つが学べる。一つは、問題を解決することでプロジェクト全体が良くなること。もう一つは、追い詰められた状況から抜け出す道を探すという、素晴らしいトレーニングである。
問題を解決するためには二つの良い方法がある。一つ目は、固定したパラメーターを振り返ること。実験をするに従ってパラメーターを固定していかなければならない。しかし、トラブルシュートをする際は、固定しているパラメーターを書き出し、一回につき一つずつ、それらを動かす。時に最も効果的なのは、最も「神聖」だと考えていたパラメーターを浮遊させることだ。二つ目は、考え方を変えること。何か動かないときは、無理に動かそうとするのではなく、動かないことをそのまま評価してしまう、そんな変換が時に役に立つ。
と、ここまでがこのCommentaryの解説となる。参考になると思う。しかしこれはあくまでリソースが潤沢にあり、ある程度まっさらな状態からアイデアやプロジェクトをひねり出し実行できるという恵まれた環境でのことだろう。実際には、ボスの頭がある方法論やアイデアに固定されているとか、前任者のデータが再現できないとかラボ内政治で触れない実験があるとか、訳のわからないヒューマンプロブレムが介在してプロジェクトがどうしようもなくなることも多い。また、5-6年の長いスパンでプロジェクトをやろうと思うと、突然パンデミックがあったりなど研究以外の方向から全く予想外の問題が生じたりする。トレイニーの立場からは、そういった不測の事態にもめげず、柔軟に対応しつつできるだけのことをやろうという心構えを持つことが大事なのではと思う。そしてボスの立場からは、そのような、プロジェクトを危険に晒し、さらにトレイニーのやる気を挫くようなわけのわからないヒューマンプロブレムをなるべく減らし、トレイニーと二人三脚で上の記事のプロジェクトの発案と実践をなるべく純粋な形で行えるようにすることだと思う。
しかし、僕のポスドクプロジェクトはもうどん詰まりでどうしようかというような感じだ。上の記事に従えば、ドラスティックな変更が必要かもしれない。例えば、もうそれは諦めて、新しい関連プロジェクトに乗り換えるなど。困ったものだ。
昨年訪問したJ研究所での協同研究から生まれた小さなメソッドを論文にしようと準備している。といっても、これは本当に小さくニッチなものなので、今の予定は図が一枚の超ニッチ雑誌に送るというものだ。しかし、僕の所属するラボでは便利な方法だと思うし、僕自身は日常的にそれを使っているので、論文の形にしておけば他の論文で細かい説明を書く必要がなくなるだろう。あまりモチベーションも上がらないのだが、僕らの世界で生き残るならば何か仕事をしている証を世に出し続けなければならないというのもまた事実である。。。
ということで、ひっちゃかめっちゃかなプロジェクトをなんとかできないかと実験しつつ、論文を書きつつ、ラボのアニマルプロトコルの準備に協力するという、やることは山ほどある状態である。
妻がオーストラリア出張に行き、現地で日本語の古本を扱う本屋でまた何冊か仕入れてくれたので、それらを読んだ。
今回読んだのは、
『若きサムライのために』(三島由紀夫)
『大河の一滴』(五木寛之)
『一週間』(井上ひさし)
三冊目の『一週間』は第二次世界大戦終戦後にソ連で抑留された日本人による活劇。その日本人はひょんなことからレーニンの手紙を手に入れ、ソ連を相手に交渉を試みるというもので、全ての内容は一週間以内に起きるフィクション。しかしながら、壮大な物語の中に、僕の知らなかったソ連抑留や共産主義の話が多く、学びになる内容と劇としての面白さのバランスが良い。もちろん日本人を抑留し強制労働を科していたソ連を批判しているが、それよりも痛烈に批判しているのは当時の軍国主義的性格と日本軍トップのあまりの非常識さと無知である。僕たちはそこから何かしらの教訓を学ばなければならない。
僕が修士、博士と関わった研究分野はほんの一時流行があったものの、この数年で急激に廃れてしまったように思う。とにかくそれに関わる内容でトップジャーナルに論文が載らなくなった。僕が過去に著者として関わった論文の引用件数も、一時は結構伸びたものの、この一年ほどでずいぶん減ってしまった。生命科学分野の流行り廃りの早さは恐ろしいものがある。それをキャッチする嗅覚が大事なことも異論ないが、運の要素が大きいだろう。あとは、あまり流行り廃りによって評価に大きく影響されない領域を探してみるとか(そんなものがあればだが)。
趣味のプロジェクトはおよそ30%。亀の歩み。