はじめてのA&E

今週は様々なことがあり消耗する一週間だった。

週の頭ほどから胸部に弱いながらも断続的に締め付けるような痛みを感じるようになり、それが金曜日の夜になってもとれず、休んでいる状態でも感じるようになったことから仕方なく急遽病院に行くことにした。イギリスの公共医療サービスであるNHSの相談電話111に電話し、症状を説明した結果、30分以内にかけ直すといわれたけれどももちろんかかってこない。1時間後に再度電話してみると、僕のNHSのプロフィールが見つからないと相手はイライラしていて、相手のイライラした叩きつけるような早口の英語と対話しながら結局NHSの情報の登録から全てやり直し。これは心が折れそうだった。再度症状を説明すると、近隣の大きな病院のA&E(Accident and Emergency)departmentに行ってくれということで、深夜ながらUberを使って救急外来に行くことにした。

A&Eに行ってみると、心電図と血液検査のための採血は比較的速やかに済ませてくれたのだが、そこから5時間パイプ椅子に座って待つことに。診察自体はあっという間で、心臓に関わる問題ではないだろうとのこと。急ぎのリスクがあるとは思わないから、このまま帰って良い、痛みがでたらイブプロフェンを飲んでくれということだった。待ち時間のために非常に疲れたが、とりあえず心配はないだろうということでUberで帰宅。夜明けだった。

初めてイギリスの救急外来に行ったのだが、やはりなるべくお世話にならないように生活したいと改めて思った。NHSのシステムはあまりうまく回っていないと聞く。日本の制度とは異なり、どんな症状だろうともまずはかかりつけ医のGPにアポイントメントを取る必要がある。しかし、GPの予約がなかなか取れないため、急ぎの問題は全てA&Eに頼ることになってしまい、イギリスの各地ではA&Eの負担超過で待ち時間もとても長くなっている。しかし良い点は、これは国営のサービスなので、サービス料はかからず、今回も金銭的負担は往復のUberだけであった。といっても、VISAの取得時にNHS surchargeとして結構な額を支払っているので、それが戻ってきているというだけなのだけれども。あと今回僕がお世話になった病院のナースの方は皆親切だった。

今回は妻が同行してくれたので、とても心強かった。僕が聞き逃した英語も彼女が拾ってくれたりと、このような時に二人三脚のありがたみが身に染みる。また、僕だけだと有耶無耶にしがちなのだが、彼女が病院に行こうと言ってくれたおかげで行動に移すことができた。感謝である。また妻の会社経由でプライベートの医療保険に加入することができ、そうすると混雑しているGPではなくプライベートの病院も比較的安価で利用することができるようになる。うまく使い分けることを学びたい。

上記の通り、対症療法は痛みどめだけであとは自然治癒に任せる形なので、経過観察。最近ラボの人間関係などでストレスも多かったりで、そういったことが身体にでたのかもしれない。二十代の頃は健康そのものだと思っていたのだが、ここ最近調子を崩しがちで、生活を見直す必要があるのかもしれない。


今週の僕の住む地方の天気は酷いの一言だった。気温は-3~3℃くらいを推移して、基本的に雨かみぞれが降っていて、自転車を使っての通勤がとても苦痛な一週間だった。

今週の火曜日にグループミーティングでの僕の発表があったのだが、面倒をみている学部生が最後にプレゼンしたいということで最初の15分程度を振り分けることにした。ところが、彼のプレゼンに結構質問などが出て、結局45分ほど話すことになり、僕自身の発表は駆け足で15分程度に収めなければならず不完全燃焼。自分の面倒を見てきた学生の研究発表を聞くのは、自分自身で研究発表するよりもずっと心臓に悪い。ついつい口を出したくなる。胸の痛みはこれが原因なのではないか、というのは冗談だけれど、終わったあとの疲労感は大きかった。彼の卒業論文については第二稿の添削まで済まして、僕の役割はここまで。


Scienceにletterとして次のような意見が掲載されている。

AI tools can improve equity in science(Berdejo-Espinola et al., Science, Mar 2023)

研究論文執筆時のChatGPTやDeepLなどのAIツールの使用が騒がれている。ざっと見ている限り、科学雑誌はあまり好意的に捉えていないようだ。しかしこのレターの著者らは、これらのツールを使用することによって、特に英語が母語ではない国の研究者の、英語で論文を執筆する負担が軽減することで、科学界は総体としてより平等な場所になるだろうと主張している。

僕もこの意見には賛同したい。コミュニケーションは科学のキャリアにおいて非常に重要だが、英語が母国語というだけで、そのハードルは随分下がるだろう。英語が母国語ではない科学者は、この言語の習得までスキルのうちに含まれ、それだけで随分と出だしから不利な状態になっている。


今週凄いと思った論文は以下。

Droplet-based forward genetic screening of astrocyte–microglia cross-talk (Wheeler et al., Science, Mar 2023)

CRISPR-Cas9などの技術を使った培養細胞系における順遺伝学的手法はとても強力で、現在の生命科学において新規ターゲット分子の発見に必要不可欠な方法になった。しかしながら、多くの場合細胞種は一種類を用い、細胞-細胞間の相互作用に関わる分子の発見は困難であった。今回の論文では、ゲノムワイドのCRISPRスクリーニング手法と、著者らが独自に開発した細胞二つだけの共培養と蛍光アッセイ系を組み合わせて、アストロサイトとマイクログリアの相互作用に関わる分子を順遺伝学的に探索している。scRNA-seqに使われる細胞一つをオイルドロプレットに閉じ込める方法を応用し、二種類の異なる細胞を一つのドロプレットに閉じ込めることで、極小の共培養系を構築した。さらに、3色の蛍光と微小流体チップを組み合わせ、ドロプレットのソーティング装置を作ることで共培養ドロプレットの集積とシグナル伝達系レポーターの検出に成功している。細胞二つだけの極小共培養系と蛍光レポーターを使って細胞-細胞間相互作用を検出するCRISPRスクリーニングを作る、という発想が素晴らしい。


日本のH3ロケットが上手くいかなかったのが残念だった。「国」の名前を背負った大型科学技術プロジェクトに関してもっと明るいニュースを聞きたい。Covid-19の国産ワクチンは開発できず、国産ジェットからも撤退。科学技術で国際的な競争力を維持しなければまずいだろう。