挑戦の一週間

先週末にブログを更新できなかったのはあまりに忙しかったからだった。

昨日金曜日のうちにようやく一段落して、今週末はまた元の生活に戻れるのではないかと思う。そう、グラントの申請書が書き終わったのだ。

今回出願したのはイギリスの医学・生命科学系としては最も権威があり大きな財団の持つ初期研究キャリア(要はポスドク)向けのグラント/フェローシップだった。獲得することができれば先5年間の給料と研究費、さらにテクニシャンを一人雇うだけの補助がでるということで、僕のレベルの研究者にとっては破格の待遇である。それだけに非常に競争率が高く、スポンサーになってくれるボスの要求もそれだけ高くなる。

初稿は随分前に出来上がっていた。別のフェローシップ申請に使ったアイデアを再利用する形で書き、ボスに送っておいた。ボスもその当時は、まあそのアイデアで良いのでは?という軽い感じだった。しかしボスも異常に忙しい人なので、ボスが初稿に目を通してくれたのがおよそ10日前ほどで、そこから昨日まではストレスと戦いながら頭と身体を酷使する日々だった。

まず初稿とそのアイデアは完全にボツになってしまった。これでは全く競争力が弱いということで、それからアイデアを絞り出し、自分の今までの(粗末な)プレリミナリデータと対面し、ストーリーを練り直し、二稿、三稿と稿が重なる。三稿目で概ねのストーリーラインとそれに伴い提案する仮説とそれを検証するための実験の形に関して、ボスと合意が取れ、申請書の文章に直していく。そこからはボスが時間を作ってくれては、ボスのオフィスに行き、一緒にコンピュータを見ながら隙のない一文一文を作っていく作業だった。それが夕方から始まれば、夜までボスのオフィスに詰めて、「これこれを直した方が良い」と言われれば、そのあと家に帰ってからそこを直して朝までにボスに送り、という作業を繰り返すという感じで、先週は毎晩日付がかわるまでぶっ続けで申請書と向き合った。ボスと研究計画書についての作業をしていないタイミングに時間があったかというと全くそんなこともなく、引用文献の整理、図表の作成、動物実験に関するあれこれの書類作成、研究費申請に関する調整ととにかく目まぐるしく作業があり、その中には研究計画がかわると必然的に変更を強いられるものも多く、気の抜けない作業だった。今回不運だったのは、ラボの秘書さんが数ヶ月前に辞職してしまい、僕と大学側の間で調整を手伝ってくれる人がおらず、方々に連絡をとっては必要な情報と手助けをお願いしなければならなかったことだ(そのおかげで、少しシステムに詳しくなった)。ボスは異常に忙しい人で、財団の指定する最終締め切りよりもだいぶ前に設定されている学内の申請締め切りは最初から踏み倒すつもりの時間調整だったので、僕は内心本当にヒヤヒヤする日々だった。学内には遅延申請システムという、何らかの理由で学内申請締め切りに間に合わなかったグラント申請書を例外的に緊急で申請承認するシステムがあり、最初からその遅延申請システムの締切りにギリギリで間に合わせるという魂胆だった。その遅延申請システムを利用するには学部財務の許可をとらなければならず、そこから僕に対して催促のメールが入って来、それをかわしながら作業を続けることになった(財務の皆様すみませんでした)。

ボスは研究に関して、データを解釈してストーリーを作ったり、過去の研究の積み重ねから何が面白く重要な問いかを嗅ぎ分けたりすることに関して、異論なく大天才である。それはもう僕と比べてしまえば、a whole nother levelで、僕はこのラボから出版されるそういった論文を読んでこのラボに来たという経緯がある。今回はそんなボスにかなりの時間を割いてもらって、グラント申請という作業を通して、ボスの頭の中を少し垣間見ることができたという非常に貴重なトレーニングの機会を得た。しかし代償もあった。まず、自分のちっぽけな自信はこれでもかと粉々に打ち砕かれ、この一週間ほど僕は自分の無力さに打ちひしがれることになった。そして、連日朝から深夜までストレスを抱えながら申請書を書いていたせいか、(おそらくストレス性の逆流性食道炎による)胸の痛みが再発し、この数日ボスのオフィスのドアが開く音で動悸がする状態になってしまった。しかしPhDの時もこのようなことはあり一過性だと考えられるので、数日休めばまた元に戻るだろう。また、今週は全く他のことに手を回すことができず、妻にも迷惑をかけた。

最後にボスからは、「よくこの機会を見つけて書くことにした」と声をかけられた。それ以上でもそれ以下でもない。しかし、ポスドク期間が修行期間であるならば、僕は正統に苦労したのだろう。金曜日に財団のページから申請書を提出し、学部にそのことを伝えた。学部の財務が来週の頭に申請書をざっとチェックしたのち、大学のグラントオフィスに遅延申請を働きかけてくれるはずだ。財団の最終締め切りまで残り数日、大学を通した申請が完了しないと気が抜けないことに変わりはないのだが、概ね僕の手を離れたと言えるだろう。

はやくまたベンチに戻りたい。僕は最近しきりに自分が性格的にエリート科学の世界に向いていないのではないかと思う。